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2011年10月10日 (月)

2006年回顧と~解雇された元ハム選手

今日、試合前に流れたのは「2006年」のヒストリーフィルムでした。

ハーレーに乗り、ド派手な選手入場…。新庄の引退宣言と新庄のパフォーマンス、初の札幌ドーム満員。パ・リーグ1位通過と、パ・リーグ制覇。そして、日本一とパレード…。

今であればそのほとんどに直接かかわってきたであろう事も、この時点ではわずかに日本シリーズとパレードのみ…、このフィルム同様に映像としての記憶であることが残念。この年も勝てなくてもあいかわらずヤクルトファンでしたcoldsweats01
以前にも書いたことありますが、ファイターズを応援するきっかけになった年です。それは間違いない。

新庄が「札幌ドームを満員にしたい」と語っているのを見て、当時とても実現出来るとは思えませんでした。でも、新庄のパフォーマンスであったり引退するという話題性がその夢を実現する後押しになったことは間違いありません。今では、年に数試合は満員御礼の試合ありますからね(パフォーマンスなんかなくても)。

確か、夏場以降、我が家でも新庄の見納めと稲葉の応援に行こうかとファイターズ戦に足を運ぶようになりました。印象に残ってる試合は、パ・リーグの1位通過を決めた試合(当時は、1位チームが即優勝では無かった)。先発した武田勝の印象はあまり残っていませんがcoldsweats01、中継ぎ登板したダルビッシュの事は良く覚えています。短いイニングを全力で投げ込む姿…なにか進化した瞬間を見た気がしました。自分の中ではあの試合をきっかけにダルビッシュが大エースへと成長を始めた瞬間だったと思ってます。

その1位通過の興奮そのままに、プレイオフも見届けようかと思いましたが、その当時徹夜で並ぶ程の情熱がまだ無かったことも確かで、チケットは入手出来ず…自宅で応援してました(でも、それで良かったと思う。ずっと応援してきた人達にその権利はあろう)。

よく見る、プレイオフを制しパ・リーグチャンピオンになった瞬間。稲葉のセカンドゴロにガッツが滑り込んでセーフに、その瞬間に稀哲がサヨナラのホームを踏む…。あの年のルールで1位通過チームは1勝のアドバンテージが与えられる代わりに、後半戦は相手本拠地で試合しなければならないというものだった。結果的に、ホーム連勝で優勝を決めた勢いって凄いなと思った。

この年はエース金村の監督批判問題もありましたね。結局、謹慎の末ヒルマンと和解、日本シリーズのマウンドにも立ち勝利投手になりましたね。でも、この事件をきっかけに不釣合いなトレードでチームを去ることになってしまった。夕張への支援とか北海道にも貢献してくれた選手であったんですがね。
その金村も阪神退団後に所属していた独立リーグのチームからの退団が発表されています。ヒルマンのいなくなった今なら指導者として帰ってくるのもありですね。

いずれまとめて…と思ってましたが、回顧ついでに元ファイターズの戦力外通告に関して。
先日、「坪井選手」のオリックス退団が発表されましたが、横浜へトレード移籍した「稲田選手」と「松山投手」の戦力外も発表された…。1軍での登板が無かった松山投手はともかく、坪井も直人も思い入れの強いファンは多いでしょうね。

坪井さん、自身のブログでコメントをアップしています。坪井さん自身が球団から通告を受ける前に報道でその事実を知ってしまったこと…。今年の梨田監督退任報道もそうだけど、どこからか情報漏れるんですね。漏れると流れちゃう訳で…。坪井さんが、「選手の戦力外をニュースで知るようなシステムはアカン」と言ってますがもっともな話ですよ。
でも、坪井さんってホントにストイックだな。「ファームでの試合前後、練習前後、気持ちと身体の準備を1度も怠ったことはありませんでした…それだけは唯一自分を誇りに思えることです。」 凄いと思う。ファイターズ時代も入念にストレッチしてる坪井さんの姿を必ず見てたもんね。そして、1年間プレイしたオリックスに対する感謝も…。人間としても素晴らしい人ですね。
今後の進退に関しては未定のようです。最後に「野球人坪井智哉をヨロシク」 って締めくくってますが、きっとまだプレイにこだわって行くんだろうな…指導者として、ファイターズに帰ってきて欲しいという気持ちはあるけどね。

次に横浜の2人…、先日の鎌ヶ谷で胴上げが行われた練習試合…ここに、直人と稀哲が出場していたと聞きました…お前ら、ここにいる場合じゃ無いだろうと思ったが、その直後ですよ直人が戦力外通告されたのは。それを知った日の稲葉の打席…稲田直人の登場曲でしたね。彼に対するエールだったのでしょう。
直人のトレードが決まったとき、STVの番組でコーナーを持っていたこともあり、彼の壮行会が企画されました。そのとき当選し参加しているのですが、ゲストに登場したマックの言葉が印象的でしたね。「トレードはこの世界では当たり前のこと、これをチャンスと思わないと」とやや突き放すような印象の言葉。そうなんですよね、そのくらいの強い気持ちがないと生き残っていけないんですよね。

しかし、この時の3対3のトレード…結局両チームにとって実りのあるものだったとは言いがたい。強いて言うなら、生え抜きだと切りにくいから他球団に処遇を任す…そんな結果になっている。ファイターズに来たこの時の横浜組も現在の様子からだとボーダーでしょうね。その後の、江尻と石井に関しては成功と言っていいから一概に「失敗」とは言えないけれど…。

松山くんに関しても、当時吉井コーチのブログに翌年鍛え上げたいと思っていた選手の1人であったとコメントしている。横浜商業出身で、地元出身の選手をと求められて放出したのにねぇ。育て上げられないなら欲しいなんて言わなきゃいいのに…。

シーズン途中でも戦力外がこれだけ出ているし、終了時点ではまだ増えるでしょうね。そういう世界ですから仕方ないけど。

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